南三陸町の復興商店街「さんさん商店街」

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昨日で、モアイが来てから3年が経ちました。

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昨日で、モアイが来てから3年が経ちました。

こんにちは!

スタッフJです|д゚)

昨日でモアイが、商店街に来てから3年が経ちました。
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モアイ像が南三陸町に来た理由!

そのきっかけは1960年5月24 日未明に、
海の向こうから押し寄せて来たチリ地震津波でした。
旧志津川町内だけで、41 名が犠牲となり、312 戸の家屋が流失、
倒壊 653 戸、半壊 364 戸、浸水 566 戸の壊滅的な被害を受けました。

この津波の記憶を風化させないようにと、
30 年後の 1990 年に国鳥コンドルの碑がチリから贈られ、
1991 年には南三陸町がふるさと創生事業の一環として、
チリ人彫刻家に依頼して創ったイースター島のモアイが、
志津川地区の松原公園に設置されました。

東日本大震災で公園は被災しましたが、流出したモアイ像の頭部は発見され、
志津川高校の敷地内に移設されました。
2012年にチリのピニェラ大統領が来日し、
モアイを大事にしていた事に感銘を受けました。
日智経済委員会チリ国内委員会が、新たなモアイ像を贈ろうと、
イースター島の長老会に協力を求めました。
93 歳(当時)の老彫刻家マヌエル・トゥキ氏は、みんなに呼びかけてくれました。

イースター島の石を使い彫られたモアイ像が、島外に出たことはありません。
しかし、かつて倒れてバラバラになっていたモアイ像を、
日本人がもとの姿に建て直す支援をしたことがあったことから、
イースター島初のプロジェクトが始まりました。

こうして息子のベネディクト・トゥキ氏は、石材を切り出して、
親戚の彫刻家たちとともにモアイを制作しました。
南三陸町を訪れたトゥキ氏は、
設置されたモアイに白珊瑚と黒曜石で作られた眼を入れました。
眼が入ったモアイは、世界に2体しかありません。

「モアイ」は、イースター島のラパヌイ語で「未来に生きる」という意味です。

門外不出の大切なものを贈ってくれたモアイには、
多くの人たちの気持ちが込められています。
未来に生きる南三陸町の人々を、遠い未来まで勇気づけ、
復興する事を見守り続けてくれることでしょう。

商店街に貴重なモアイを見に来ませんか!?

また南三陸町には、モアイスポットが7カ所ありますので、是非探してみてください!

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